共創システムのめざすもの


1.はじめに

 人間の共同作業,たとえばサッカーの連係プレーを想像してみてよう.われわれにイメージされるのは,おそらくスタンドから見たときの見事なボールの流れであろう.しかし,選手の立場から,この連係プレーを捉えたとき,その背景には多くの奇跡的なできごとの積み重ねが存在していることが容易に理解される.

 いま自分がグランドに選手として立っているとしよう.このときに生じる困難は大きく分けて2つある.第1の問題は,どの選手もコートの中におり,スタンドから見たような全体に関する視点を誰も持ち得ないということである.このような問題は部分観測問題とか不完全情報問題と呼ばれ,すでに多くの研究が進められてきた.そして人間のコミュニケーションにおいて,この問題を克服するための共同作業支援ツールも開発されてきた.

 しかし,これ以上に困難な第2の問題がここには隠れている.それは,個々の選手に認知される時間と空間が,必ずしも重ならないということである.上記の問題において部分性は問題にされても,その基盤となる時間と空間は共有されることが前提とされている.しかし,時間と空間は人間に認知される主観的なものであり,それらが前もって共有されて存在しているとは必ずしも言えない状況にある.

 では,どうして選手のあいだでの時間的・空間的なコーディネーションが可能になるのであろうか?共創のテクノロジーは,このことを問題として取り上げる.時間や空間を人間の認知的世界に創出されるものとして捉え,それが共有されるメカニズムについて考え,それに基づいて人間の共同作業を認知的側面から支援できるテクノロジーを開発するのである.人間のコミュニケーションは,このような共創的な視点から支援されなければならないとわれわれは考えている.


2.認知的同時性の問題

 このような問題提起が意味を持つためには,一つの明白な事実を示す必要がある.それは,物理的に計測される時間や空間と認知的に生成する時間や空間の間に存在するズレである.これは従来,認知や運動において独立に取り上げられてきた経緯がある.しかし,ここで問題にするのは,それらの母体になると考えられる,創出される「いま」としての「間(ま)」という問題である.これは認知と運動の連関によって創出される時間と空間への入り口でもある.

 同期タッピング課題というシンプルな心理実験がある.これは周期的に提示される音に同期してボタンを押すものである.被験者には,できるだけ音のタイミングと合わせるように依頼する.このとき非常に興味深い現象が観察される.それは提示している物理的な音刺激と指運動のタイミングと,被験者に経験される認知的な同期の間にズレが生じることである.

 図1を見ていただきたい.これは横軸が時間であり,点線で示した時刻が音の発せられたタイミングである.縦軸はボタンを押した時刻の度数が示されている.明らかにボタン押しのタイミングは音の出るタイミングとずれている.しかも指の動くタイミングの方が,音の発生に先行しているのである.この現象は負の非同期現象と呼ばれるが,これは認知的同期と物理的な同期の間にはズレがあり,認知的「いま」は音刺激に先行して予測的に顕れることを意味する.

 この実験結果は,少なくとも物理的な時間と認知的な時間を区別して扱う必要があり,認知的な時間は未来の領域に予測的に創出されることを明確に示している.したがって,図2のように人間の共同作業において,物理的な時間と空間を前提とする外側からのコーディネーション支援だけではなく,認知的な世界の創出を前提にした内側からのコーディネーション支援も研究されなければならない.通信回線の容量や速度を増加させることで実現する物理的な同時性だけでは足りないのである.

 これは未解決の問題であるが,コミュニケーションにおける人間同士の一体感や共存在感を創出するためには,このような認知的時間や空間の重なりを内側から支援する共創テクノロジーが必要になると考える.


図1:物理的同時性と認知的同時性のズレ


図2:認知的同時性の問題


3.間の共創インタフェースへ向けて

 われわれは既に創出の問題を取りあつかうために,認知された領域(自他分離性)だけではなく,それを包摂する身体性(身体感覚)の領域(自他非分離性)を同時に考慮し,両者のあいだでの自己言及プロセスの重要性を指摘してきた.これは二重性とよばれ図3のようにまとめられるが,本論文で考察している時間と空間の創出プロセスに対しても適用される.

 したがって,この方向性において重要になる研究は2つある.技術という観点からは,身体性を拡張する支援技術の構築であり,システム論という観点からは,自他非分離性を含むシステムのシステム論の確立である.

 これを実現するために,われわれは基礎研究と応用研究の両面からアプローチしている.システム論としては,同期タッピング課題において,認知的「いま」が創出されるメカニズムを二重性との関係から分析しモデル化することであり,身体性の拡張技術としては,協調歩行を用いた歩行介助システムにそれらを活用することである.

 前者としては,負の非同期現象に及ぼすワーキングメモリの影響を評価することで,明在的に認知される時間と暗在的に身体化されている時間に分離し,それらの相互関係を解析することを進めている.特に時系列解析を適用することで,それらの力学系としての特性を明らかにし,それに基づいてシステム論を確立することをめざしている.さらに複数人の協調タッピングへ拡張することで,認知的同時性の問題に直接関連するシステム論を構成することができる.

 後者としては,これらの知見に基づいて歩行介助ロボットWalk-Mateの開発(図4)を進めており,共創型インタフェースとして具現化されている.既に,片麻痺やパーキンソン症におけるリハビリへの有効性が確認されている.これ以外にも対話において「間」が合うことに関する研究や音楽アンサンブルシステムの開発など,さまざまな取り組みがなされている.

 共創システムは,まだ生まれたばかりの研究領域である.このような人間の創出的なコミュニケーションを志向したテクノロジーの重要性に今後ともご理解とご関心をお持ちいただければ幸いである.


図3:二重性

図4:Walk-Mate


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