共創システムの研究史

 

 

(本資料は2011年にまとめたもの)

三宅研究室は共創という視点から人間や生命システムのコミュニケーションに関する研究を進めてきたが,この立場から,これまでの研究成果を整理すると,以下の3つに分類することができる.

 

第1は,生物の細胞間コミュニケーションに関する研究である.ここでは自己組織化システムとして,生物,特に粘菌(Physarum)における情報生成やコミュニケーション機構を分析した.これは共創システム研究のルーツとして位置づけられるものである.内容的には生物物理学の領域に属する研究が主となっている.

第2は,その展開としての人間の共創的コミュニケ?ションに関する研究である.ここでは客観的に扱えるモノや情報だけではなく,心的な側面を含む研究を開始した.つまり人間の主観的領域の共有としての社会的コミュニケーションの問題である.内容的には,認知心理学や認知神経科学の領域に近い基礎的研究,ヒューマンインタフェースの領域に近い工学的研究,社会的な価値共創の場づくりをめざす実践的研究に分類される.

第3は,これらの共創システムの研究を基盤づけ,方向づけるためのシステム論的研究である.これは内的視点を重視する存在論の領域に深く関わっている.

 

上記の分類を整理しておく.

 

■生物の細胞間コミュニケーションに関する研究

(共創研究のルーツとしての生物物理学の領域)

■人間の共創的コミュニケーションに関する研究

1. 人間のコミュニケーションに関する基礎的研究

(認知心理学や認知神経科学の領域)

主観的時間「間」の共有

その数理的モデル化

2. 共創インタフェースとして再構成する工学的研究

(インタフェースや情報システムの領域)

身体的コミュニケーション

音楽的コミュニケーション

言語的コミュニケーション

3. 社会との価値共創を進める実践的研究

(将来的な展開としての社会的領域)

産学連携を介する展開

インクルーシブデザインのための場づくり

■共創システムの基盤に関するシステム論的研究

(共創研究の基盤としてのシステム論の領域)

 

 

1.生物の細胞間コミュニケーションに関する研究

 

細胞の集団も人間の社会と同じようにコミュニケーションを介して共創的に振舞っている.ここでは粘菌(Physarum)をモデル生物としてそのメカニズムが分析された.この生物は多数のアメーバ細胞が融合して形成される一種の細胞社会システムであり,脳や神経系などを持たないにも関わらず,複雑な環境の中でも細胞集団としての協調性を維持しつつ柔軟に移動できる.そこで,この仕組みを細胞コミュニケーションの観点から分析したのである.その結果,集団内に分散した化学物質の濃度リズム(Ca2+, ATP)とその空間的引き込みを介して創出されるグローバルな位相的コヒーレンスが「場」としての役割を担っていることが示された.さらに,集団における部分と全体(「場」)のコーディネーションを可能にする二重化された情報統合メカニズムも実験的に明らかにされ,そのモデル化や工学的な応用も進められた.研究成果としては以下の7件が注目される.

 

[学術論文]

17) Miyake, Y., Yano, M., Shimizu, H., "Relationship between endoplasmic and ectoplasmic oscillations during chemotaxis of Physarum polycephalum," Protoplasma, vol.162, pp.175-181 (1991)

12) Miyake, Y., Yamaguchi, Y., Yano, M., Shimizu, H., "Environment-dependent self-organization of positional information in coupled nonlinear oscillator system: A new principle of real-time coordinative control in biological distributed system," IEICE Trans. Fundamentals, vol.E76-A, pp.780-785 (1993)

10) Miyake, Y., Tabata, S., Murakami, H., Yano, M., Shimizu, H., "Environment-dependent positional information and information integration in chemotaxis of Physarum plasmodium," J. Theor. Biol., vol.178, pp.341-353 (1996)

42) Miyake, Y., Taga, G., Ohto, Y., Yamaguchi, Y., Shimizu, H., "Mutual-entrainment-based-communication-field in distributed autonomous robotic system: Autonomous coordinative control in unpredictable environment," in H Asama, T Fukuda, T Arai & I Endo (Eds.), Distributed Autonomous Robotic Systems (pp.310-321), Springer-Verlag, Tokyo (1994)

[国際会議論文]

119) Miyake, Y., Shimizu, H., "Mutual entrainment based human-robot communication field," Proc. of 3rd. IEEE Int. Workshop on Robot and Human Communication (ROMAN'94), Nagoya, Japan, pp.118-123 (1994)

[解説論文]

24) 三宅美博, "位置情報「場」と生命的自律性:粘菌の走性における環境適応的パターン形成," 数理科学, No.394, pp.56-63 (1996)

[著書]

7) 三宅美博, メカノクリーチャ (分担: "人間と人工システムのコミュニケーション," pp.204-224), コロナ社 (2003)

 

学術論文17は学位論文の内容に対応している学術雑誌論文である.ここでは細胞間コミュニケーションの観点から,細胞内化学リズムとその空間的引き込みを介して生成する位相的コヒーレンスとしての「場」の重要性を明らかにしている.特に,粘菌の内質領域(endoplasma)と外質領域(ectoplasma)という二重化された情報統合システムとして細胞間コミュニケーションのメカニズムが分析された.これは,この後に続く全ての粘菌研究,そして共創システム研究の原点に位置する成果になっている.

学術論文12は,上記の結果を受けて,細胞内化学リズムの引き込みを介して創出される「場」の理論的モデル化を進めた最初の論文である.具体的には,位相振動子の結合系を用いたモデルによって,引き込みを介して生成されるリズムのコヒーレントパターンとその位相勾配が「場」の役割を担うことが初めて示された.このモデル化の成功が,以降の工学的応用を可能にするブレイクスルーとなった.

学術論文10は,上記のモデル化の知見を踏まえて,そのメカニズムを生物学的に検証した論文である.具体的には,粘菌に温度振動を外部から入力することで,細胞内の化学リズムを制御し,それに対するコヒーレントパターンと位相勾配の応答を分析した.その結果,論文12のモデル化の妥当性が示された.なお,本論文が掲載されているJournal of Theoretical Biology誌は,理論生物学の分野で最も権威のある学術雑誌である.

学術論文42は,上記の学術論文11のモデルを群ロボットの協調制御に応用することで「場」的制御の工学的有効性を初めて示したものである.要素ロボットとして,歩行ロボットを用い,その歩行リズムの引き込みを介して創出される位相的コヒーレンスをロボット集団としてのパターンフォーメーションの協調制御に活用した.ここでは要素ロボット間での機能の相互補償という共創的性質も確認されている.これは基礎生物学の研究対象であった粘菌が,工学の問題とつながった最初の研究として位置づけられる.

国際会議論文119は,上記の学術論文12のモデルで提案されたリズムの相互引き込みをヒューマンロボットインタラクションに応用した最初の例である.仮想的歩行ロボットと人間がリズム音を介して歩行リズムを同調させて協調歩行するシステムの提案であり,これは共創インタフェースとして臨床応用に成功した歩行介助ロボットWalk-Mateの原点になる研究成果である.

 

これらの一連の研究成果は解説論文や著書にまとめられている.解説論文24では,生物物理学の立場から粘菌の「場」的制御のモデル化とその背景について説明している.著書7の方では,粘菌における基礎的研究成果の説明だけはでなく,工学的な応用にも力点が置かれて解説がなされている.

 

 

2.人間の共創的コミュニケーションに関する研究

 

細胞間コミュニケーションの研究からの発展として,人間の共創的コミュニケ?ションに関する研究も進めている.これは部分と全体(個と場)のコーディネーションを,社会的システムの文脈において捉えるものであり,個としての人間と「場」としての集団の相互関係の中で協調的振る舞いを生成するためのメカニズムに注目する.そして人間の心的側面から,共創的コミュニケーションを支援することを目標として,個人の主観的領域が共有される仕組みの科学的解明とそのサポート技術の開発を推進している.内容的には,認知心理学や認知神経科学の領域に近い基礎的研究,ヒューマンインタフェースや人間-機械系の領域に近い工学的研究,社会的な価値共創の場づくりをめざす実践的研究に分類される.以下,この3つに分けて説明する.

 

2-1.人間のコミュニケーションに関する基礎的研究

 

ここでは主観的な領域を含む共創的コミュニケーションの一例として,「間」の共有に注目し,そのような主観的時間がインターパーソナルに共有され,集団としての協調制御が実現されるメカニズムについて研究を進めている.ひとつはタッピング動作を用いたタイミング制御の認知心理学的研究であり,もう一つはそのモデル化である.特に,コミュニケーションにおける部分と全体のコーディネーションの問題を踏まえて,細胞間コミュニケーションの場合と同様に,二重化された情報統合システム(二重性)の観点から分析している.

 

2-1-1   主観的時間「間」の共有メカニズム

 

主観的時間としての「間」の生成メカニズムは,周期的なリズム音に合わせてボタンをタップする同期タッピング課題(synchronization tapping task)を用いて研究された.この実験では,被験者がリズム音に合わせて主観的に同調している状態が,物理的にはタップが数10ms先行している状態に対応するという「負の非同期現象」が知られている.このことは主観的同時性と客観的同時性が異なることを意味しており,この同期誤差であるズレ(synchronization error)を手掛かりに主観的時間を客観的に分析する研究を開始した.研究成果としては,以下の5件が最も重要である.

 

[学術論文]

32) Miyake, Y., Onishi, Y., Pöppel, E., "Two types of anticipation in synchronous tapping," Acta Neurobiologiae Experimentalis, vol.64, pp.415-426 (2004)

37) 三宅美博, 大西洋平, エルンスト・ペッペル, "同期タッピングにおける2つのタイミング予測機構," 計測自動制御学会論文集, vol.38, no.12, pp.1114-1122 (2002)

31) 小松知章, 三宅美博, "同期タッピング課題における非同期量の時間発展," 計測自動制御学会論文集, vol. 41, no.6, pp.518-526 (2005)

25) Takano, K., Miyake, Y., "Two types of phase correction mechanism involved in synchronized tapping," Neuroscience Letters, vol.417, pp.196-200 (2007)

[著書]

4) 三宅美博, エージェントベース社会システム科学宣言 (分担: "「間()」の共有と共創コミュニケーション," pp.53-64 ), (21世紀COEプログラム・エージェントベース社会システム科学の創出プロジェクト編), 勁草書房, 東京 (2009)

 

学術論文32は「間」の生成と共有機構を明らかにするために,同期タッピング課題に二重課題法(dual task method)を導入し,注意資源(意識状態の生成に必要とされる神経活動, attentional resources)からタッピングのタイミング制御への影響を探った研究である.その結果,注意資源を必要としない自動的タイミング機構(意識下の処理であり「場」のはたらきに対応)と注意資源を必要とする認知的タイミング機構(意識上の処理に対応)という2種類の機構から構成されていることが示された.これは主観的な時間の生成と共有のプロセスが二重化されている可能性を初めて心理学的に示した研究である.

この研究成果の時間知覚の心理学の研究領域へのインパクトは大きく,それまで意識下の処理と意識上の処理を完全に分離して研究してきた研究者たちが,一気に2つの領域の関係に関心を向けるようになった.

学術論文37は,論文32と類似した実験状況を扱っているが,注意資源からの影響に加えて,同期誤差の時間発展を分析し,そのダイナミクスが2種類のタイミング機構に対応して異なることを明らかにした.これは学術論文31において発展させられ,DFA (detrended fluctuation analysis)など時系列解析の方法の導入によっても裏付けられた.さらに,その2つのダイナミクス間での相互作用の観測にも成功した.これらの発見によって,主観的時間の生成と共有の機構が二重化されていることが裏付けられた.

学術論文25は,同期タッピング課題において,実験的に同期誤差を制御することで,その誤差を補正するフィードバック制御メカニズムを定量的に調べたものである.その結果,上記の報告と同様に2種類のタイミング機構に対応してその制御機構も異なることが示された.さらにモデル化に向けての定量的なデータが得られた.

 

これら一連の研究成果は著書4にまとめられている.そこでは,人間の社会的コミュニケーションにおいて主観的時間としての「間」が共創されなければならない背景も含めて,主観的時間の側から共創システムに関する説明がなされている.

 

2-1-2   共創的コミュニケーションのモデル化

 

主観的時間としての「間」の生成メカニズムが,注意資源の関与しない意識下の処理(「場」のはたらき)と関与する意識上の処理に二重化されていることは示されたが,それがどのような仕組みでインターパーソナルに共有され,共創的コミュニケーションを可能にするのかについては明らかではなかった.そこで,複数の人間のあいだでの「間」の共有のメカニズムを調べるために,同期タッピング課題を拡張した協調タッピング課題(cooperative tapping task)を新たに開発し,その分析とモデル化を進めた.研究成果としては,以下の3件が最も重要である.

 

[学術論文]

30) 今 誉, 三宅美博, "協調タッピングにおける相互同調過程の解析とモデル化," ヒューマンインタフェース学会論文誌, vol.7, no.4, pp.61-70 (2005)

4) Ogawa, K., Miyake, Y., "An autonomous decentralized model with a non-local interaction: Roles of an extracellular matrix in organization of multicellular system," Electronics and Communication in Japan: Part 3, vol.87, pp.55-65 (2004)

7) Nozawa, T., Miyake, Y., "Description of systematicity intrinsic to the dynamics of complex-system models," Chaos, Solitons and Fractals, vol.14, pp.1095-1115 (2002)

 

学術論文30では,2人の被験者の協調タッピングを用いた新たな実験課題を開発した.これは一方の被験者のボタン押しが他方の被験者の音刺激になり,同様に,他方の被験者のボタン押しが音刺激としてフィードバックされるクロスフィードバック系である.このとき,2人がリズミックにタッピングを継続する際の,同期誤差の時系列データを計測し,それに基づくタイミング機構のモデル推定を行った.

その結果,2種類のタイミング制御機構が明らかにされた.一つはリズムの相互引き込みに対応する相互作用であり,もう一つは同期誤差の履歴に依存する相互作用であった.前者が自動的タイミング機構(「場」のはたらき)に,後者が認知的タイミング機構に対応することが示唆されており,人間の共創的コミュニケーションにおける二重化されたコーディネーション機構がモデル化されたことになる.これは,これ以降のさまざまなインタフェースへの応用の基盤となる非常に重要な研究成果である.

学術論文4と7は,上記のようなリズムの引き込み以外の,モデル化の方法を模索するためのアプローチである.論文4では,長距離相互作用を導入した反応拡散系によるモデル化が進められた.ここでは細胞集団のガン化の問題を取り上げ,細胞間コミュニケーションのメカニズムを分析した.さらに論文7では,セルラーオートマトンを用いたモデル化が進められた.ここではシステム性の概念の導入によって「場」の生成を定量的に評価する方法が開発された.

 

2-2.共創インタフェースとして再構成する工学的研究

 

ここでは「間」の共有機構のモデル化を踏まえて,それを人間の様々な共創的コミュニケーションを支援するインタフェースとして再構成することを進めている.具体的には,身体的コミュニケーション,音楽的コミュニケーション,言語的コミュニケーションの3領域を取り上げて支援をめざす.

 

2-2-1   身体的コミュニケーション

 

誰にでも経験があると思われるが,ひとと並んで歩いている時に自然と歩調がそろってしまう時がある.これは自然と「間」が合う現象であり,このような2人の人間の協調歩行を身体的コミュニケーションの一例として取り上げた.そして,「間」の共有を介して運動機能が共創される可能性を探ったのである.具体的には,リハビリテーションにおけるセラピストと患者の歩行訓練に注目した.研究成果としては,以下の6件が重要である.

 

[学術論文]

54) 武藤剛, 三宅美博, "人間-人間協調歩行系における共創出プロセスの解析," 計測自動制御学会論文集, vol.40, no.5, pp.554-562 (2004)

55) 武藤剛, 三宅美博, "歩行介助における共創出プロセスの解析," 計測自動制御学会論文集, vol.40, no.8, pp.873-875 (2004)

63) 三宅美博, 宮川透, 田村寧健, "共創出コミュニケーションとしての人間-機械系," 計測自動制御学会論文集, vol.37, no.11, pp.1087-1096 (2001)

59) 高梨豪也, 三宅美博, "共創型介助ロボット"Walk-Mate"の歩行障害への適用," 計測自動制御学会論文集, vol.39, no.1, pp.74-81 (2003) (2004年度計測自動制御学会論文賞)

46) Miyake, Y., "Interpersonal synchronization of body motion and the Walk-Mate walking support robot," IEEE Transactions on Robotics, vol.25-3, pp.638-644 (2009)

[解説論文]

14) 三宅美博, "コミュニティ・インタフェースへ向かう共創システム: 歩行介助システムWalk-Mateを介する場づくり," 日本ロボット学会誌, Vol.24, No.6, pp.700-707 (2006) 

 

学術論文54と55は,2人の人間が協調歩行するなかで,歩行運動に関わる機能が共創されるプロセスを分析したものである.特に,一方の歩行者の脚接地のタイミングを検出し,それを音刺激として他方の歩行者に聞かせ,同様に,他方の歩行者の脚接地のタイミングを音刺激としてフィードバックするクロスフィードバック系を構成することで,学術論文30で報告された協調タッピングと同様の実験が,協調歩行を用いて実現されたのである.その結果,論文30と類似した「間」の共有機構が確認された.特に,論文55では,歩行障害を有する歩行者との協調歩行の中で,このように「間」が合うことによって,2人の歩行者全体として歩行リズムが大域的に安定化されることが示された.

学術論文63は,2人の人間が「間」を合わせるモデルを提案し,その一方の人間のモデルを実際の人間に置き換えることで,人間とモデルの間で協調歩行を実現したものである.具体的には,「間」を合わせるモデルを搭載した仮想的2足歩行ロボットと人間が,脚接地タイミングの音刺激を交換しながら協調歩行するシステムになっている.これは人間と人工物のあいだで,初めて「間」を合わせることを可能にした共創インタフェースである.これをWalk-Mateと名付けた.

学術論文59は,Walk-Mateを歩行障害をもつ患者さんに適用した結果の報告である.具体的には,脳卒中による片麻痺患者に適用したところ,歩行の安定化および歩行の対称性の回復に効果があることが示された.これは共創的コミュニケーションを介して,運動機能の再生に関する有効性を示した最初の例になっている.この論文は,Walk-Mateの一連の研究に対する評価として,計測自動制御学会の論文賞をいただいている.

さらに,これらの成果をまとめ国際的に発表したものが学術論文46である.この論文が掲載されているIEEE Transactions on Robotics誌は,ロボティクスの分野で非常に権威のある学術雑誌である.

 

これら一連の研究成果は解説論文14にまとめられている.そこでは,細胞内コミュニケーション研究の応用として開始されたWalk-Mateプロジェクト18年間の研究の経緯を説明している.

 

2-2-2   音楽的コミュニケーション

 

音楽的コミュニケーションにおいて「間」の共有が重要であることは明らかであろう.そして,このような「間」の共有を介して,どのような音楽的な意味が共創されるのか?その可能性を探る研究も進めた.ここでは,その具体例として2人で一緒にピアノを弾く連弾を取り上げ,そのアンサンブルの分析と再構成を進めた.研究成果としては,以下の2件が重要である.

 

[学術論文]

34) 山本知仁, 三宅美博, "共同演奏における演奏者間コミュニケーションの解析," 計測自動制御学会論文集, vol.40, no.5, pp.563-572 (2004)

53) 小林洋平, 三宅美博, "階層化された相互引き込みモデルに基づくアンサンブルシステム," 計測自動制御学会論文集, vol.41, no.8, pp.702-711 (2005)

 

学術論文34は,2人の演奏者が対面でのアンサンブルを行う際の,基本リズムとして1小節の周期長に注目し,その相互引き込みのプロセスを分析したものである.特に,学術論文32と同様の二重課題法を用いることで,注意資源との関係を分析している.その結果,この「間」を合わせる過程は,協調タッピングと同様に,二重化されており共創的コミュニケーションとして捉えられことが初めて示された.

学術論文53では,この結果を踏まえて,アンサンブルにおける基本リズムとしてBPMに注目し,その時系列データからモデル推定し,学術論文30と同様のタイミング制御モデルを明らかにした.さらに,それを実装した自動伴奏システムを構成することで,人間の演奏者と「間」を合わせた演奏を可能にした.このような共創的コミュニケーションの影響を評価したところ,自動伴奏システムとのあいだでも一体感やグル?ヴ感が得られることがわかった.

 

2-2-3   言語的コミュニケーション

 

言語的コミュニケーションにおいても「間」の共有が重要であることは日常的な経験である.しかし,従来は,発話や身振りのタイミング同調は非言語的コミュニケーション(non-verbal communication)と呼ばれ,言語的コミュニケーションの研究からは分離されてきた.そこで,対話における「間」に注目し,そのタイミング機構の分析と再構成を進めた.さらに,そのような「間」が言語的な意味にどのように影響を与えるか評価した.研究成果としては,以下の5件が重要である.

 

[学術論文]

33) 三宅美博, 辰巳勇臣, 杉原史郎, "交互発話における発話長と発話間隔の時間的階層性," 計測自動制御学会論文集, vol.40, no.6, pp.670-678 (2004)

22) 髙杉將司, 山本知仁, 武藤ゆみ子, 阿部浩幸, 三宅美博, "コミュニケーションロボットとの対話を用いた発話と身振りのタイミング機構の分析," 計測自動制御学会論文集, vol.45, no.4, pp.215-223 (2009)

21) 高杉將司, 吉田祥平, 沖津健吾, 横山正典, 山本知仁, 三宅美博, "コミュニケーションロボットとの対話における交替潜時長と頷き先行時間長の影響評価," 計測自動制御学会論文集, vol.46, no.1, pp.72-81 (2010)

24) 山本知仁, 武藤ゆみ子, 阿部浩幸, 三宅美博, "対話コミュニケーションにおける2種類の発話タイミング構造," 計測自動制御学会論文集 vol.45, no.10, pp.522-529 (2009)

[国際会議論文]

29) Yoshida, M., Miyake, Y., Furuyama N., "Temporal development of pragmatics and dynamics in conversation for building consensus," Proc. of IEEE Int. Conf. on Systems, Man and Cybernetics (SMC2008), Singapore, Singapore, pp.2419-2425 (2008)

 

学術論文33は,あらかじめ決められたフレーズを2人の被験者が繰り返し交互に発話する対話において,発話長とその交替潜時長(相手の発話終了から自分の発話開始までの時間)の時間変動について分析した.その結果,一方の発話者の発話長を変化させると,他方の発話者の発話長と交替潜時長が正の相関をもって追従することが示された.このことは対話においても「間」が共有されることを意味している.さらに,その際の発話長が変化する応答速度は速く,交替潜時長の応答速度はゆっくりしており,タイミング機構が二重化されている可能性も示された.これらは学術論文24においても確認されている.

学術論文22は,「それ取ってください」「はい」という指示・応答対話において,発話と身振りのタイミング機構を分析し,そのモデルをコミュニケーションロボットに実装することで,人間とロボットの「間」の合う対話として再構成したものである.その結果,応答としての「はい」という言葉の意味が,「間」に依存して肯定的な意味から否定的意味まで変化することが示された.このことは言語的コミュニケーションにおける共創的タイミング制御の重要性を初めて示したことになる.

さらに学術論文21は,意味を操作することが言語的コミュニケーションのタイミング制御にどのような影響を与えるかを調べたものである.その結果,対話における意味解釈に依存して多様な発話タイミングのダイナミクスが現れる可能性が示された.

 

国際会議論文29では,自由対話を対象にして,「間」の共有と合意形成という意味の共創過程の関係を分析した.合意度という意味生成の尺度を新たに導入し,2人の被験者間での交替潜時の時間変動と同時に計測した.その結果,合意度が上昇するプロセスにおいて,交替潜時の時間発展のパターンが同調してくることが示された.このことは,合意形成という共創的コミュニケーションにおいて「間」の共有が重要な役割を担っていることを初めて実証したものである.

 

2-3.社会との価値共創を進める実践的研究

 

共創システムの研究は社会的コミュニケーションを対象としていることから,その研究は実験室にとどまるべきではなく,社会とのつながりにおいて初めて価値を生じるものと考えられる.したがって,研究成果を社会に向かって発信する姿勢が不可欠であり,さらに社会とのコラボレーションの中で共創的に研究を推進することが重要である.これは応用研究としての産学連携の取り組みと,共創的イノベーションとしての技術開発の場づくりの2つの取り組みにおいて実践されている.

 

2-3-1   産学連携を介する展開

 

これは学術論文という表現には現れにくい活動ではあるが,これまでに多くの企業と共同研究の形で技術開発や製品開発に取り組んできた.ここでは,その中で製品化および,その直前のステージにまで到達した事例について紹介する.成果としては,以下の4つの共同研究と1つの受託研究,さらに9件の特許が重要である.

 

[研究資金(企業との共同研究)]

4) 三宅美博, "共創型歩行介助システムWalk-Mateに関する研究," オムロン() (9,000千円) (2009?2011)

11) 三宅美博, "歩行介助ロボット・ライフラクーン に関する研究," 本田技研工業() (3,000千円) (2000?2002)

1) 三宅美博, "歩行パターンの計測と分析に関する研究," 本田技研工業() (2,000千円) (2011)

7) 三宅美博, "人間とロボットのコミュニケーションに関する研究," 三菱重工() (5,000千円) (2006)

10) 三宅美博, "呼吸の引き込みを活用する粒子線治療装置に関する研究," 三菱電機() (500千円) (2002)

[研究資金(公的機関からの競争的資金)]

6) 三宅美博, 研究分担者・公募, "高齢者対応コミュニケーションRTシステムの開発?行動会話統合コミュニケーションの実現?," NEDO・戦略的先端ロボット要素技術開発プロジェクト (21,000千円) (2006?2008)

[特許]

1) Miyake, Y., "Nonlinear Controller and Nonlinear Control Method," PCT国際出願PCT/JP2005/001429 (2005), 公開WO2005/076091 (2005), EU出願05709575.4 (2005), EP登録 (in press)

3) Miyake, Y., "Nonlinear Controller and Nonlinear Control Method," PCT国際出願PCT/JP2005/001429 (2005), 公開WO2005/076091 (2005), US出願10/588,770 (2005), US登録7778726 (2010)

14) 三宅美博, "非線形制御器および非線形制御方法," 特願2004-034174 (2004), 公開2005-227909 (2005)

12) Miyake, Y., "Walking Aid System," PCT国際出願PCT/JP2005/018730 (2005), 公開WO2006/038712 (2005), EU出願05793787.2 (2005)

13) Miyake, Y., "Walking Aid System," PCT国際出願PCT/JP2005/018730 (2005), 公開WO2006/038712 (2005), US出願11/576,645 (2005)

10) 三宅美博, "歩行介助システム," 特願2004-293136 (2004), 公開2006-102156 (2006)

2) Yasuhara,K.,Miyake,Y. "Control System For Walking Assisit Device," PCT国際出願PCT/JP2003/009918 (2003), 公開WO2004/017890 (2004), US出願10/515557  (2003), US登録7880552  (2011)

6) Yasuhara,K.,Miyake,Y. "Control System For Walking Assisit Device," PCT国際出願PCT/JP2003/009918 (2003), 公開WO2004/017890 (2004), EP出願03792649.0 (2003), EP登録1547567 (2009)

8) 安原 謙, 三宅美博, "歩行補助装置の制御システム," 特願2002-240699 (2002), 公開2004-073649 (2004), 登録3930399 (2007)

15) 平澤宏祐, 白松直樹, 原田 久, 三宅美博, 山本知仁, "呼吸誘導型放射線治療装置および呼吸誘導型画像診断装置," 特願2003-547032 (2003), 公開2005-074156 (2005)

 

企業との共同研究4は,身体的コミュニケーションへの共創の応用として学術論文46で提案した歩行介助システムWalk-Mateの製品化である.オムロンと共同で開発を進めている.守秘義務契約のために詳細は説明できないが,これは学術論文63と59に基づいて構成された一連の特許1,3,14,12,13,10に基づくものであり,共創システムの初の実用化につながる予定である.

企業との共同研究11,1は,上記Walk-Mateの技術を,歩行アシストロボットに活用したものである.基本的なコンセプトは上記のWalk-Mateと一致しているが,体に装着可能なロボットとして構成できる所にホンダの技術開発力が活かされている.守秘義務契約のために詳細は説明できないが,これはホンダと共同申請した特許2,6,8に基づくものである.すでにマスコミ発表を終えており,アシモに続くホンダの新技術として関心を集めている.

企業との共同研究7は,公的機関からの競争的資金6と関連しており,対話コミュニケーションにおける「間」の共有をコミュニケーションロボットに応用するものである.三菱重工のワカマルロボットへの実装と評価が進められている.これは学術論文22,21の応用になる.特に,高齢者対応コミュニケーションとの関係から有効性が期待されている.

共同研究10は,「間」を合わせる技術を粒子線治療のサイクロトロンの放射タイミング制御に活用するもので,患者の呼吸リズムと同期させて粒子線を照射することで,照射領域の空間精度が1ケタ向上した技術である.特許15に基づくものである.

 

2-3-2   インクルーシブデザインのための共創の場づくり

 

研究や技術開発のプロセスそのものも社会的な共創コミュニケーションの中で推進することが重要である.そこで,技術開発に際して,研究者と市民が同じ目線でコラボレーションできる価値共創の場づくりにも取り組んでいる.具体的には,福祉機器や介護サービスの共創的イノベーションを目的として,世田谷区で推進しているインクルーシブデザインの場づくりについて紹介する.成果は以下の5件である.

 

[解説論文]

11) 三宅美博, 清水博, 三輪敬之, 和田義明, 長谷川幹, 御子柴孝, "福祉機器の開発を介する市民と研究者の共創リテラシーと場づくり," JST社会技術プロジェクト, 企画調査終了報告書, 研究開発プログラム「科学技術と社会の相互作用」, pp.1-96 (2008)

4) 三宅美博, 野澤孝之, 緒方大樹, 本橋正成, 塩瀬隆之, 三輪敬之, "医療・介護サービスにおける場づくりと共創的イノベーションに関する企画調査," JST社会技術研究開発プログラム「問題解決型サービス科学」, プロジェクト企画調査終了報告書, pp.1-118 (2011)

[研究資金(公的機関からの競争的資金)]

3) 三宅美博, 研究代表者・計画, "科学技術と社会のコミュニケーションを支援する相互乗り入れの場づくり:リハビリテーションにおける価値共創のための場づくり技術の確立に向けて," ()ホモコントリビューエンス研究所・研究プロジェクト (10,000千円) (2010)

4) 三宅美博, 研究代表者・公募, "福祉機器の開発を介する市民と研究者の相互リテラシーの場づくり," JST・社会技術プロジェクト (8,800千円) (2007?2008)

2) 三宅美博, 研究代表者・公募, "医療・介護サービスにおける場づくりと共創的イノベーションに関する企画調査," JST・社会技術プロジェクト (7,000千円) (2010)

 

解説論文11は,公的機関からの競争的資金4のJST社会技術プロジェクト(科学と社会の相互作用)の成果報告書ではあるが,内容的には学術論文に匹敵する水準のものである.むしろ,このような実践的活動は学術論文の形式では評価されにくいという問題を踏まえて,報告書ではあるが敢えて解説論文に分類している.

この論文では,技術開発における共創的コミュニケーションの重要性を指摘し,それを福祉機器,特にWalk-Mateの共同開発を介して,世田谷区の方々と共に実践した結果を報告している.従来の技術開発は,設計者からユーザーへの一方向的な流れの中で開発が進むことが多かったが,その開発プロセスにユーザーが参加できるインクルーシブデザインのための条件を明確化することをめざした.その結果,相互乗り入れの場づくりとそこにおける気づきが不可欠であることが示された.これは共創的コミュニケーションの社会システム設計への最初の応用になる.

これらの成果を踏まえて,公的機関からの競争的資金3の()ホモコントリビューエンス研究所が,2010年から10年程度の長期的視点から本研究を支援してくれることになった.この研究所は()ぐるなびの創業者が設立した研究所であり,ネットワークを介する共創的な場づくりという方向性で協力して研究および実践活動を推進している.

さらに2010年から公的機関からの競争的資金2のJST社会技術プロジェクトにおけるサービス科学の領域で企画調査が開始された.ここでは医療や介護サービスのイノベーションを共創という観点から捉えなおし,その場づくりを支援するために「場」を計測し評価する基盤技術の開発にも取り組んでいる.その初年度の成果が解説論文4にまとめられている.

 

 

3.共創システムの基盤に関するシステム論的研究

 

共創システムに関する研究は,その研究対象が非常に広範な領域におよぶため,研究の統合性および方向性を常に明確にすることが必要である.そして,そのためには共創システムのシステム論的基盤を確立することが求められる.

 

いわゆる科学的研究は認識論であり客観的視点が重視されてきた.これはモノに対する研究においては有効であった.しかし,共創システムが研究対象とする社会的コミュニケーションのように主観的な領域を含む状況に対しては,必ずしも有効ではない.むしろ,ここでは存在論の領域を考慮する必要性が生じる.つまり,従来型の科学的研究が主客分離を前提にした外的視点からの研究であったとすれば,共創システムは主客非分離を前提にした内的視点からの研究として特徴づけられるのである.

以下,このような立場から,共創システムのシステム論的な基盤づくりに取り組んだ研究成果について説明する.

 

[学術論文]

40) 三宅美博, "「生命」おける設計," 現代思想, vol.25, no.6, pp.301-317 (1997)

[著書]

8) 三宅美博, 場と共創 (分担:"コミュニカビリティーと共生成" pp.339-397), NTT出版, 東京 (2000)

6) 三宅美博, 共創とは何か (分担: "人と人工物の共創システム" pp.79-108), 培風館, 東京 (2004)

1) 三宅美博, 医療と貢献心 (分担: "生命に共創設計を学ぶ,"  pp.87-153), ホモコントリビューエンス 叢書1 (加藤尚武, ホモコントリビューエンス研究所編), 芙蓉書房, 東京 (2011)

[解説論文]

17) 三宅美博, "安心の場の再生に向けて:こころを内包するシステムとしての場の技術," ヒューマンインタフェース学会論文誌 vol.7, no.4, pp.61-70 (2005)

 

学術論文40は,三宅の最も基本的な研究姿勢をまとめたものである.生物的コミュニケーションを科学的に研究し,その最終地点において出会ったものは「視点の問題」であった.科学が基盤とする客観的な外的視点を越えて,主観を含む内的視点に立つことが創出性という生命特有の自律性を捉える上で不可欠であるという理解である.これは思想的には認識論から存在論への転換に対応する.本論文では,このような立場から共創システムの研究を展開する上での基本的な考えがまとめられている.

著書8は,共創システムに関して出版された世界で最初の本である.共創という言葉は本田技研の久米・元社長が創られたものであるが,その思想を踏まえて,日本固有の場の思想との関係の中で,共創システムという在り方の存在論的な必然性が議論されている.特に,人工物の設計論に関して深く考察しており,共創的コミュニケーションを支援する技術とは,人間のコミュニカビリティを高める技術であることが結論されている.これは共創システムの最初のテキストと呼ぶことができる.

著書6は, 2003年に開催された共創コロキウムの講演をもとに本として編纂されたものである.ここでは,著書8の基本的な思想の上で,共創システムについて多くの具体的事例とともにわかりやすく解説されている.著書1も同様であり,2003年に開催されたホモコントリビューエンス研究会の講演をもとに本として編纂されたものである.

 

解説論文17は,社会的安心との関係から共創システムの重要性が考察された論文である.ここでは様々な社会的事故の背景にコミュニケーションの問題があり,それを克服するためには,共創的コミュニケーションのための場づくりが不可欠であることを論じている.ここでは社会的システムの設計の問題が,共創システムのパースペクティブのもとで取り上げられた.