マインド・タイム
脳と意識の時間 ベンジャミン・リベット (下條信輔訳,岩波書店,2005年) Mind Time : The Temporal Factor In
Consciousness Benjamin Libet,Harvard University Press,
2004 |
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本書には、脳科学者である著者が発見した非常に興味深い実験事実が2つ引用されている。そしてこの事実そのものについて紹介することが、おそらく本書の説明としては最も適切であるように思われる。 第一の事実は、人間はできごとが実際に生じた約0.5秒後になってはじめて、そのできごとを意識することができるということである。しかもそれを意識した際には、0.5秒前に生じたできごととして、意識の方で時間を補正して認識していることも示されている。さらに興味深いことに、日常的な訓練によって獲得された行為の場合には、被験者に刺激を与えて0.15秒後、つまり意識の生成に0.35秒ほど先立って、身体の応答が開始されるという。これは意識に先行してはたらく無意識の領域の存在を明確に示している。 第二の事実はさらに衝撃的である。人間が自由意志に基づいて行為をおこなう場合に、自由意志を発動する約0.55秒前にすでに無意識のうちに、その神経活動が始まっているという事実である。そして0.2秒前に運動の意図を意識し、0.55秒経過した後で運動を開始するという。このことは被験者が意思決定したと感じるよりも0.35秒前に脳活動が始まることを意味している。つまり自由意志に基づく意思決定は、普通、「原因」と考えられるが、この事実は意思決定が「結果」でしかないことを示しているのである。 著者はベンジャミン・リベット氏であり、彼の40年に及ぶ研究成果が本書にまとめられている。同氏の発見は、既に多くの類書で言及されてきたが、本書はリベット氏自身のことばで語られたものであり、日本語で読める最初の本でもある。しかも本書を翻訳された下條信輔氏は認知神経科学の第一線で活躍されている研究者である。非常に読みやすい日本語に訳出されており下條氏に対しても感謝したい。時間に関心を持つすべての研究者に薦めたい一冊である。 このような意識の時間に関する研究は、本COEの協調行動グループにおいても取り上げてきたテーマである。人と人とがコミュニケーションをする場合に、意識に先立って無意識的な時間を共有してからコミュニケーションをはじめた方が、互いの心の状態を誤りなく伝えやすいと期待されるからである。 |